ケンケン またお参りに来たよ
Fさん(厚木市)ご夫妻が新年のお参りにご来寺されました。
14年前、蓮昭寺で愛犬ケンケンのお葬式〜火葬〜納骨を行ったのがご縁。
以来、祥月命日にはお塔婆のご供養、年回忌を丁寧にお勤めになっておられます。
「気持ばかりですが」とお菓子をお供えになって新年のご挨拶、初詣です。
私:「いつもお参りありがとうございます。ケンケンも喜んでいるでしょう」
Fさん:「ときどき帰ってくるんですよ。ケンケンが」
住職:「えぇ? どういうことですか」
Fさん:「音がして、ケンケンの匂いがするんです。あッ帰って来たなってわかるんです」
とFさん夫妻がニコニコお話をしてくださいました。お寺にいますと、このよなお話はよく伺います。
「気のせいじゃないですか?」
「良く分かります。そいう事ありますよね」
などなど、感じ方はそれぞれです。
もちろん正解も不正解もありません。
それをお信じになるのか、ならないのかはその方の信心によりますから。
Fさんご夫妻にとって「ケンケンが帰って来た❢」と感じることはとても嬉しいことで、他の誰かが困ることはありません。
神仏がたしかにいらっしゃることを信じ実践することが信仰です。
その形、方法の別による宗派があります。
今風に言えば「推しの仏さま」「ハコ推しの宗派」とでも言うのでしょうか。
ともあれ、推しのある日常は、古来リア充の大切な要素です。